自己実現への道 ~敗者~ 3

現在目の前にある状況に対応して自分の五官を完全な形で動員させることが出来ないため、敗者の知覚は誤ったものか、又は不完全なものとなる。
彼は自分や他人をプリズムのような歪曲を通じて見ている。
現実世界と効果的に対処する彼の能力は損なわれているのだ。
敗者は、お芝居をするために多くの時間を費やす。
彼はフリをしたり、人を操ったり、幼児期からの古い役割をいつまでも続けている。
彼は仮面を維持することにエネルギーを投入し、エセの外見をうち出していることが多い。
カレン・ホルネーも次のように書いている。「偽りの自己を助成するのは常に真の自己の犠牲の上に成り立っている。真の自己は軽視して扱れ、貧乏な親戚程度に扱われるのが関の山である。」
演技をしている敗者にとっては現実よりも自分の演技の方がより一層大切な場合が多い。
敗者は自分でも出来る範囲の行動を、自由に適切に表現する能力を抑圧してしまっている。
もし彼の自分で選んだ道が人生で袋小路に入って行き詰まってしまった時、彼は他の生き方もあるのだということに気がつかない。
新しい事を試みるのが不安なのだ。
彼は自分の現状を維持しようとする。
彼は同じことを反復する人間である。
自分自身の失敗を繰り返して行うだけでなく、家族や社会が犯した失敗をも繰り返しがちである。
敗者は人を愛したり、人から愛されたりすることに困難を感じる。
親密で、正直で、直接的な他人との関係を持てない。
その代わりに自分の期待に沿わせようと相手を巧みに操作しようと努め、相手の期待に沿うようにと、自分のエネルギーを全部そちらに振り向ける。
自分が敗者の人は、自分の知性を適切に活用していないのである。
理屈をつけて合理化したり詭弁を用いることで知性を誤用している。
合理化している時には自分の行為をいかにももっともらしく見せるために口実を設けている。
合理化とは多弁を弄して相手の目をくらませることだ。
その結果、彼の潜在能力の大部分は表面に現れないし、実現されることもないし、認められないままである。
童話の中に出てくるカエルの王子様のように彼は魔力に縛りつけられ、もともとはそうではなかった人生を送ることになるのである。

M・ジェイムス/D・ジョングウォード 著
「自己実現への道」より抜粋








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自己実現への道 ~敗者~ 2

敗者が現在に生きることは滅多にない。
過ぎ去った過去の記憶にとらわれたり、いたずらに将来に夢を描いてみたりして、現在を破壊しているのだ。
敗者が過去に生きる時に、彼は古き良き日々を懐かしむか、又は過去における不幸な出来事にいつまでもこだわる。
懐古的ノスタルジアで彼は「かつてはこうであった」古い昔の習慣にしがみつくか、自分の身の不運を悲しむのである。
そして自分のことがあわれになり、自分の人生がこんなに不満足なのは他人が悪いからだと責任を転嫁してしまう。
人を責め、自己を弁解するのが敗者のゲームの一部であることが多い。
過去に固執する敗者は「もし、こうだったらなぁ」と様々なことを嘆くのである。
もし他の人と結婚していたら…
もし今と違う仕事についていたら…
もし学校をちゃんと卒業していたら…
もし自分がもっとハンサム(美人)だったら…
もし亭主が酒をやめていたら…
もしもっと金持ちに生まれていたら…
もしもっとよい両親のもとに生まれていたら…
もし人が未来に生きるようになると、その人は何か奇蹟がおこることを夢見、その奇蹟のあとでは自分は「その後ずっと幸せに暮らしました」という事態を空想する。
自己の人生を追求する代わりに、彼は待つ─、魔法のような救済を待つのだ。
「もし、次のような時が来たら」自分の人生はどんなに素晴らしいものになるだろうと考えるのである。
学校が終わった時には…
素敵な王子か理想の女性が遂にやって来た時には…
子どもたちが大きくなった時には…
あの新しい職場がオープンした時には…
私の待ち船が港に入った時には…
このような魔法の救済の妄想の中に生きている人々と対照的に、敗者の中には将来起きるかもしれない破局の恐怖に常にさらされて暮らしている人もいる。
彼らは「もし、次のような事が起こったらどうなるだろう」と、こんな風に期待をデッチ上げる。
もし、会社をクビになったら…
もし発狂してしまったら…
もし何か落っこちて来たら…
もし足を骨折したら…
もしあの人に気に入られなかったら…
もしミスをおかしたら…
こうした人々はいつも未来に焦点を当てているので、現在において不安を体験しているのである。
彼らは自分の予期すること─現実的なものであれ、空想上のことであれ─に対して不安を抱く。例えば試験や勘定書の支払い、恋愛事件、人生の危機、病気、定年退職、天候などについて心配の種がつきないのである。
端的にこのような想像にとらわれている人はその時現実にある可能性を見逃してしまう。
彼は現在の状況には全く該当しない事柄にのみ心を奪われている。
自分の不安が、今ある現実を締め出してしまっているのだ。
その結果彼は自分で物を見ることができず、自分自身で聞いたり、感じたり、味わったり、触れたり、考えたりすることが不可能になるのである。








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自己実現への道 ~敗者~ 1

人間は人生で勝利をうるために生まれてくるのだが、同時に又、生まれた時は、周囲の環境に全面的に依存している。
勝者はそうした完全な無力から独立への移行を上手に出来るし、それが出来ると相互依存へと移行する。
しかし、敗者はそれが出来ない。
こうした過程のどこかで敗者は自分に対して責任を持つことを回避しはじめるのである。
すでに述べたように完全な勝者、または完全な敗者というものはごくわずかしかいない。
たいていの人は人生のある領域では勝者であり、他の領域では敗者である。
彼等の勝ちや負けは彼等の幼児期に起こったことから影響を受けている。
依存欲求に対して反応が足りなかったこと、栄養不足、虐待、不幸な人間関係、病気、絶え間なく続く失望、身体的な世話が適切でなかったこと、精神的なショックを受ける出来事などは、人間を敗者にしてしまうのに関連しているいろいろな経験のうちのいくつかである。
こうした体験は、自律性と自己実現に向かうはずの正常な進歩を中断したり、回り道させたり、阻止するのだ。
ネガティブな体験と対処するために、子どもは自分自身や周囲の人達を操ることを学ぶ。
こうした操作的なテクニックは大人になってからも返上するのが難しく、決まったパターンになることがしばしばある。
勝者はこうしたものから脱皮しようと努力し、敗者はそれにしがみつく。
成功したが不安でたまらないとか、成功したがワナにかかって身動きがつかないとか、成功してるのに不幸であると自身を形容する敗者たちもいる。
また、自分自身のことを、完全に打ちのめされたとか、絶望的であるとか、身動きがとれない、半死半生である、死ぬほど退屈しているなどと言う敗者たちもいる。
敗者はたいていの場合、自分自身を閉じこめるための檻を作ってきたのであり、自分の墓穴を自分で掘っているのであり、そして自分自身にとって退屈な人間なのだということに気がつかないのである。

M・ジェイムス/D・ジョングウォード 著
「自己実現への道」より抜粋








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自己実現への道 ~勝者~ 3

勝者は自分の感情と自分の限界を知ることを学び、それを恐れない。
彼は自分の内部にある矛盾や二律背反に惑わされることはない。
自分が怒っている時はそれを知っており、他人が自分に対して怒っている時にそれに耳を傾けることが出来る。
彼は愛情を与えることも受けることもできる。
人を愛することができ人から愛されることも出来る人間である。
勝者は自由で自然にふるまうことができる。
彼は前もって決定された、融通のきかないやり方で反応する必要がない。
状況の変化に応じて自分の考えを変えることができる。
勝者は人生に情熱をもやしている。
彼は仕事や遊び、食物や他の人間たち、セックスや自然の世界を楽しむ。
なんら罪の意識をもたずに自分の達成したことを楽しむ。
ねたみをもたないで他人の成功を喜ぶのだ。
勝者は自分を自由に楽しむことができるが、同様に楽しみを先に引きのばすこともできる。
将来の楽しみを増大させるために現在の自己を鍛練することができる。
彼は自分の欲するものを追求するのを恐れないが、それを適切な方法で行う。
彼は人をコントロールすることで自分の安全を得ようとはしない。
彼は自分が失敗するようなお膳立てはしない。
勝者は世間の出来事やまわりの人々に対して細かく気を配る。
社会の一般的な問題から孤立してはいない。
彼は生活の質を改善することに関心と情熱をもちそれにコミットしている。
たとえ国内的、あるいは国際的な逆境に直面しても、彼は自分が全く無力であるとは思わない。
彼はこの世界をより良い場所にするために最善を尽くすであろう。

M・ジェイムス/D・ジョングウォード 著
「自己実現への道」より抜粋








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自己実現への道 ~勝者~ 2

勝者は自分で考えることをこわがらないし、自分の知識を活用することを恐れない。
彼は事実と意見を区別することが出来、それになんでも知っているふりをすることもない。
人の意見に耳を傾け、それを評価するが、最終的には自分自身の結論を出す。
人を賞賛し、尊重する能力を持つ一方で、決して他人に定義付けをされたり、打ち砕かれたり、束縛されたり、畏怖させられたりすることはない。
勝者は「何も出来ない無力人間」のゲームや責任の押しつけゲームを決して演じたりしない。
その代わりに彼は自分の生き方に責任をもっている。
相手に対していたずらに卑屈な態度をとらない。
彼は自分自身のボスであり、また自分でもそのことをよく認識している。
勝者のタイミングは正しい。彼は状況にふさわしい反応をする。
彼の反応は、送られたメッセージに関係したものであり、それに関連ある人物の尊厳、福祉、価値や重要性を維持する場合に、適切である。
彼はすべてのものに好期というものがあり、すべての行動に適時というものがあることを知っている。
積極的、攻撃的にふるまう時と受動的にふるまう時
みなと共にある時とひとりでいる時
闘う時と愛する時
働く時と遊ぶ時
泣く時と笑う時
対決する時と退く時
発言する時と沈黙の時
急ぐ時と待つ時
勝者にとって時間は貴重である。彼はそれを無駄にしない。
彼はそれを今、現在、ここで使うのだ。
現在に生きるということは彼自身の過去のことを愚かにも無視することではないし、また将来のための準備をしない、ということでもない。
そうではなく勝者は自分の過去を知り、現在をよく認識し、現在に生き、そして期待を持って未来を見つめる。

M・ジェイムス/D・ジョングウォード 著
「自己実現への道」より抜粋








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