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自己実現への道 ~敗者~ 2

敗者が現在に生きることは滅多にない。
過ぎ去った過去の記憶にとらわれたり、いたずらに将来に夢を描いてみたりして、現在を破壊しているのだ。
敗者が過去に生きる時に、彼は古き良き日々を懐かしむか、又は過去における不幸な出来事にいつまでもこだわる。
懐古的ノスタルジアで彼は「かつてはこうであった」古い昔の習慣にしがみつくか、自分の身の不運を悲しむのである。
そして自分のことがあわれになり、自分の人生がこんなに不満足なのは他人が悪いからだと責任を転嫁してしまう。
人を責め、自己を弁解するのが敗者のゲームの一部であることが多い。
過去に固執する敗者は「もし、こうだったらなぁ」と様々なことを嘆くのである。
もし他の人と結婚していたら…
もし今と違う仕事についていたら…
もし学校をちゃんと卒業していたら…
もし自分がもっとハンサム(美人)だったら…
もし亭主が酒をやめていたら…
もしもっと金持ちに生まれていたら…
もしもっとよい両親のもとに生まれていたら…
もし人が未来に生きるようになると、その人は何か奇蹟がおこることを夢見、その奇蹟のあとでは自分は「その後ずっと幸せに暮らしました」という事態を空想する。
自己の人生を追求する代わりに、彼は待つ─、魔法のような救済を待つのだ。
「もし、次のような時が来たら」自分の人生はどんなに素晴らしいものになるだろうと考えるのである。
学校が終わった時には…
素敵な王子か理想の女性が遂にやって来た時には…
子どもたちが大きくなった時には…
あの新しい職場がオープンした時には…
私の待ち船が港に入った時には…
このような魔法の救済の妄想の中に生きている人々と対照的に、敗者の中には将来起きるかもしれない破局の恐怖に常にさらされて暮らしている人もいる。
彼らは「もし、次のような事が起こったらどうなるだろう」と、こんな風に期待をデッチ上げる。
もし、会社をクビになったら…
もし発狂してしまったら…
もし何か落っこちて来たら…
もし足を骨折したら…
もしあの人に気に入られなかったら…
もしミスをおかしたら…
こうした人々はいつも未来に焦点を当てているので、現在において不安を体験しているのである。
彼らは自分の予期すること─現実的なものであれ、空想上のことであれ─に対して不安を抱く。例えば試験や勘定書の支払い、恋愛事件、人生の危機、病気、定年退職、天候などについて心配の種がつきないのである。
端的にこのような想像にとらわれている人はその時現実にある可能性を見逃してしまう。
彼は現在の状況には全く該当しない事柄にのみ心を奪われている。
自分の不安が、今ある現実を締め出してしまっているのだ。
その結果彼は自分で物を見ることができず、自分自身で聞いたり、感じたり、味わったり、触れたり、考えたりすることが不可能になるのである。








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